
録音まではできたのに、市販の曲と並べると音が小さい、こもって聞こえる。その差を埋めるには、何をすればよいのでしょうか。録音の次に必要になるのが、ミックスとマスタリングという2つの工程です。
自宅やリハーサルスタジオでも曲を録音でき、自主制作の音源をサブスク配信やCDで発表する道は身近になりました。初めての方向けに、2つの工程の中身と配信サービスの音量の仕組み、依頼前の準備を書いていきます。
録音・ミックス・マスタリングの違い
1曲が完成するまでの音の工程は、大きく3つに分かれます。
| 工程 | ひとことで言うと | 扱う素材 | できあがるもの |
|---|---|---|---|
| 録音(レコーディング) | 演奏や歌を記録する | 歌、ギター、ドラムなど楽器ごとの音 | 楽器ごとに分かれた音声ファイル(トラック) |
| ミックス | たくさんのトラックを1つの曲にまとめる | 楽器ごとのトラック | 左右2チャンネルのステレオ音源(2ミックス) |
| マスタリング | 完成した曲を「作品」として仕上げる | ステレオ音源 | 配信やCD向けの最終データ(マスター) |
料理にたとえると、録音は材料をそろえること、ミックスは材料を組み合わせて1皿に仕上げること、マスタリングは盛り付けとコース全体の味をそろえて「お客様に出せる状態」にすること、といったところです。
ミックスは楽器ごとの音を一つひとつ触れる工程、マスタリングはまとまった曲全体を整える工程です。ボーカルだけ少し大きくしたい、といった細かい調整はミックスの段階で行います。
ミックス:楽器ごとの音を1曲にまとめる
ミックスでは、主に次の5つの作業を組み合わせて、聞きやすく、曲の魅力が伝わるバランスをつくります。
| 作業 | 何をするか | 例 |
|---|---|---|
| 音量バランス | 楽器ごとの大きさを決める | 歌詞が聞き取れるようにボーカルを前に出す |
| EQ(イコライザー) | 音の高い・低い成分を足したり削ったりする | ベースとバスドラムの低音がぶつからないよう整理する |
| コンプ(コンプレッサー) | 大きすぎる音を抑え、音量の差を縮める | 歌の声量のばらつきをならして、言葉を一定の大きさで届ける |
| 定位(パン) | 左右のどこから聞こえるかを決める | ギター2本を左右に分け、ボーカルは真ん中に置く |
| 空間系(リバーブ・ディレイ) | 響きや残響を加える | ホールで歌っているような広がりや奥行きを出す |
「全部大きく」より「役割分担」
ミックスでは、すべての音を大きくするより、楽器ごとに役割を分けます。低音はベースとバスドラム、真ん中の帯域はボーカル、高い帯域はシンバルやアコースティックギターというように、EQで居場所を整理すると、同じ音量でも一つひとつの音がくっきり聞こえます。
曲の展開に合わせた動き
サビで楽器を少し広げる、間奏でギターを前に出すなど、曲の進行に合わせて音量や響きを変化させる作業(オートメーション)もミックスの仕事です。曲の盛り上がりを音で後押しします。
マスタリング:曲全体を作品として仕上げる
マスタリングは、ミックスが終わったステレオ音源を、配信やCDで聞かれる「最終形」に整える工程です。
音圧と音質をそろえる
EQやコンプ、リミッター(決めた上限を超えないように音を抑える機器)を使い、曲全体の音質と聞こえる大きさを整えます。スマートフォンのスピーカー、イヤホン、車のスピーカーなど、どの環境で聞いてもバランスが崩れにくいように仕上げます。
曲順と曲間を整える(アルバム・EPの場合)
複数の曲をまとめて発表するときは、曲ごとの音量や音色の差をそろえ、作品として通して聞いたときに違和感がないように調整します。曲順、曲と曲の間の長さ、フェードアウトの長さを決めるのもマスタリングの段階です。
配信・CD用に書き出す
最後に、発表する場所に合わせた形式でマスターを書き出します。ソニーの解説によると、CDの情報量は「44.1kHz/16bit」です。配信代行サービスTuneCore(米国)のガイドでも、16bit・44.1kHzのステレオWAVファイルを用意するよう案内されています。動画の音声として使う場合は、YouTubeのおすすめのエンコード設定で、音声のサンプルレートは48kHzとされています。Appleは「Apple Digital Masters」の資料で、24bitの音源を使い、できるだけ高い解像度のマスターを納品するよう求めています。提出先ごとに求められる形式が違うため、マスタリングでは用途に合わせて書き出し方を変えます。
Appleの同じ資料では、デジタルの音の上限は0dBFSで、上限ぎりぎりの音はAACなどへの変換(エンコード)の過程で音割れ(クリップ)を起こすことがあるとして、少なくとも1dBの余裕(ヘッドルーム)を残すことをすすめています。
配信サービスは音量を自動でそろえている(ラウドネス正規化)
ラウドネス正規化とは
主な配信サービスには、曲ごとの音量の差をならし、どの曲もおおむね同じ大きさで聞こえるように自動で調整する仕組みがあります。これを「ラウドネス正規化(ノーマライゼーション)」といいます。
ここでいう「大きさ」は、波形の高さではなく、人の耳に聞こえる大きさ(ラウドネス)で測ります。測り方は国際電気通信連合(ITU)の勧告「ITU-R BS.1770」で決められていて、単位はLUFS(ラウドネス・ユニット・フルスケール)です。日本の放送関係の資料ではLKFSという単位が使われますが、欧州放送連合(EBU)の勧告では、LUFSとLKFSは同じものと説明されています。
主なサービスの扱い
| サービス・媒体 | 公式情報で確認できる内容 |
|---|---|
| Spotify | 標準で-14 LUFS(ITU 1770に基づく)に調整。Premiumの利用者は「Loud」(-11 LUFS)、「Quiet」(-19 LUFS)も選べる。アルバム再生時はアルバム全体をまとめて調整し、曲同士の音量差を保つ |
| Apple Music | 「サウンドチェック(Sound Check)」機能で、曲のラウドネスを測ってファイル情報に記録し、再生音量をそろえる。アルバム単位での調整にも対応。iPhoneでは「設定」→「アプリ」→「ミュージック」でオン・オフを切り替えられる |
| YouTube | 音量の大小の差をならす「Stable volume」機能があり、初期設定でオン。YouTube Musicと公式ミュージックビデオではオフ |
| テレビCM(日本) | 広告・制作関係の3団体が2012年4月に出した案内では、同年10月から運用される放送の「音声レベル運用規準(ラウドネス)」の平均ラウドネス値-24.0 LKFS(運用上±1.0dBの許容範囲あり)について、ステレオ・モノラルのCMは-24.0 LKFSを上限として制作するとしている |
Spotifyは、マスターの目安として「曲全体のラウドネス(インテグレーテッド)で-14 LUFS、トゥルーピーク(デジタルの記録点と記録点の間に生じる波形の山まで含めた最大値)は-1dB未満」、-14 LUFSより大きく仕上げる場合は「トゥルーピーク-2dB未満」をすすめています。
大きく仕上げすぎると、かえって損をすることも
正規化があるサービスでは、大きく仕上げた曲は自動的に音量を下げて再生されます。Appleの資料でも、大きくマスタリングした曲はサウンドチェックによって小さな音量で再生され、かえって弱く聞こえることがあると説明されています。
音を大きくするためにコンプやリミッターを強くかけすぎると、曲の強弱(ダイナミクス)が失われます。その状態で音量を下げられると、強弱のある曲と並んだときに平板に聞こえることがあります。配信が中心なら、各サービスの目安を参考に、曲の強弱を残して仕上げてください。
依頼するときに準備するもの
ミックスやマスタリングを依頼するときは、次のものを準備しておくと話が早く進みます。
| 準備するもの | 内容と注意点 |
|---|---|
| パラデータ | 楽器ごとに分けて書き出した音声ファイル。全トラックを曲の頭(0小節目など同じ位置)からそろえて書き出す |
| 形式(サンプリングレート・ビット深度) | 録音したときと同じ設定のWAVで書き出す |
| ラフミックス | 自分で仮にまとめたステレオ音源。目指す方向性やバランスの手がかりになる |
| リファレンス曲 | 「この曲のような音にしたい」という参考曲。どこが好きかも添える |
| 曲の情報 | テンポ(BPM)、トラックの一覧、使う予定のサービス(配信・CD・動画など) |
パラデータ書き出しのコツ
パラデータは、エンジニアが楽器ごとに音を調整するための素材です。すべてのファイルの開始位置をそろえておくと、受け取った側で並べるだけで曲が再現できます。自分でかけたエフェクトを残すかどうかは、「エフェクトあり」「エフェクトなし」の両方を用意しておくと、エンジニアが状況に合わせて選べます。マスターフェーダー(曲全体の音量つまみ)にかけたリミッターなどは外して書き出すのが一般的です。
サンプリングレートとビット深度
サンプリングレート(1秒間に音を記録する回数。kHzで表す)とビット深度(音の大小を記録する細かさ。bitで表す)は、録音時の設定のまま書き出します。Appleの資料でも、元の形式より高い解像度にアップサンプリング(数値だけ引き上げること)をしないよう案内されています。数値を上げても、録音された音の情報は元のままだからです。
リファレンス曲は「どこが好きか」まで
リファレンス曲は、言葉で伝えにくい音のイメージを共有するのに役立ちます。「ボーカルの近さ」「低音の量」「全体の明るさ」など、どこを参考にしたいかを一言添えると、エンジニアとのイメージのずれを減らせます。
よくある質問
Q. ミックスとマスタリングは、別々に依頼してもよいですか?
工程ごとに分けて依頼すること自体は一般的です。ただし、特定の楽器が大きすぎるといった問題は、曲全体を扱うマスタリングより、楽器ごとに調整できるミックスの段階のほうが直しやすくなります。仕上がりに不安がある場合は、ミックスからまとめてご相談ください。どこから依頼するかは、音源を聞かせていただいたうえでご提案します。
Q. スマートフォンやパソコンで録音した音源でも依頼できますか?
ご相談ください。録音の状態によって、ミックスでできる調整の幅が変わります。事前に音源を聞かせていただければ、進め方をご提案します。
Q. 配信用とCD用でマスターは分けたほうがよいですか?
提出先によって求められる形式(サンプリングレート・ビット深度)が違うため、用途ごとに書き出しを分けるのが一般的です。発表する予定の場所が決まっていれば、依頼のときにお伝えください。
Q. 作業に立ち会うことはできますか?
弊社の音楽スタジオのほか、Zoomなどを使ったリモートでもお立ち会いいただけます。
アイフィルムでのMIX・マスタリング
アイフィルムのMIX・マスタリングは、多数のメジャー作品を担当している弊社専属のエンジニアが担当します。アーティストのリリース音源のほか、YouTube動画やCMなど映像コンテンツの音声、ライブ録音素材、企業VPのナレーション・BGM・効果音の仕上げにも対応しています。
リモートでのお立ち会いでは、音声転送の専門ソフト「ListenTo」を使い、高音質で確認しながら進められます。費用は楽曲の長さやトラック数によって異なるため、内容をお打ち合わせしたうえで正式にお見積りします。初回のヒアリングと概算見積もりは無料です。
詳しくはMIX・マスタリング作業のページをご覧ください。曲づくりから任せたい場合はオリジナルソング制作、短い音で会社を覚えてもらいたい場合はサウンドロゴ・CMソング制作の記事も参考にしてください。音源の状態が自分ではよくわからない段階でも、お問い合わせから聞かせていただければ進め方をご提案します。
参考にした情報
- Loudness normalization on Spotify(Spotify for Artists)
- Apple Digital Masters: Music as the Artist and Sound Engineer Intended(Apple、2021年4月)
- If music in Apple Music sounds quiet(Apple サポート)
- Control video volume on your device(YouTube ヘルプ)
- YouTube にアップロードする動画におすすめのエンコード設定(YouTube ヘルプ)
- Recommendation ITU-R BS.1770: Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level(ITU)
- EBU R 128: Loudness normalisation and permitted maximum level of audio signals(EBU、2014年)
- 音声レベル運用規準(ラウドネス)について(日本広告業協会ほか、2012年4月)
- ハイレゾとは?(ソニー)
- How To Get Your Audio Files Ready For Distribution(TuneCore)


